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 お茶の水女子大学
 理事・副学長 学術博士
内田伸子氏 
 MS. NOBUKO UCHIDA

おもちゃは大事な文化産業、そこに
携わることの誇りを感じて欲しい


子どもは日々の遊びを通じて地図づくり、
世界づくりをします


―― 子どもにとって「遊ぶ」ということはどのような意味があるのでしょう?


 
子どもにとっての「遊び」は、大人が余暇を過ごす「遊び」とは全く異なります。子ども達は遊びの中で五感を働かせます。見たり、聞いたり、触ったり、味わったり、嗅いだりと様々な感覚を動員して、モノと関わるわけです。実際のモノと関わる場合もあれば、想像上のモノと関わる場合もあります。知識や体験を獲得して、様々なシミュレーションをして、自分が見たり聞いたりしたことを、自分の身体やモノに働きかけることを通して頭の中で追体験をしているんです。

 また、ある段階になると象徴機能が出てきますので、ヘアドレッサーの前で母親が髪を梳いている姿を思い浮かべて、自分の身体を母親のそれに見立てて、手の仕草そのものを真似する。これは延滞模倣といって、ある期間をおいた後に真似をするという働きです。こうした活動で色々なことを確認しているわけです。

そうやって子ども達は世界の色々な出来事やモノを知っていきます。子どもの世界は島のように点在していて、地図としてはフワフワとした部分や見えない部分がたくさんありますが、日々の遊びを通して、島と島の間に橋を架けたり、島だと思っていたのが実は陸続きだったり、そうした変化や発見をしながらの活動がまさに地図づくり、世界づくりなんです。

 子どもの発達は決して階段を上るようなものではなく、行きつ戻りつしながらスパイラルしていきます。それから子どもには個性がありますから、何に興味を持つかが違っているんです。モノの因果的な成り立ちに興味を持つタイプと、人間関係に大変敏感なタイプがいて、私はそれをそれぞれ図鑑型、物語型と名付けています。この2つのタイプでは遊び方も全く違っています。

 研究室で行っている実験なんですが、生後10ヵ月の子どもとそのお母さんにプレイルームに来てもらい、その場所に馴染んだところで、子ども達が見たことのない犬型のロボットを入れます。これまでに100組ほどにこの実験をしてきましたが、初めて出会うものに対して子ども達は100人とも驚きます。その後にどういう行動をとるかというと、傍らのお母さんの顔を見上げるんです。それで犬型ロボットとお母さんを見比べて、お母さんが「ワンちゃんだから恐くないよ」と言うとちょっと安心します。ただし、お母さんにこうした問い合わせをするのは100人中62人で、残りの38人は身体はお母さんの方ににじり寄るんですが、じっと犬型ロボットを見つめています。表情も全然怖がっていなくて、むしろ面白そうに見ています。

 そしてその子ども達が1歳半になった時に、今度は各家庭を訪問して、居間で遊んでもらっているところに別のデザインの犬型ロボットを入れます。これもそれまでの生活では見たことのなかったものですから驚きます。1歳半になるとあんよができるようになっているので、慌ててお母さんのところに行って、10ヵ月の時に問い合わせをした62人の子ども達は同じようにお母さんと犬型ロボットを見比べます。問い合わせをしなかった38人はこの時もお母さんのところにすぐに行くものの、一所懸命に犬型ロボットを見ています。

 さらにこの子ども達の1ヵ月間の発話を全部チェックしてみました。そして発話語彙の品詞分類をすると、お母さんに問い合わせをする子どもは、挨拶とか人の名前といった、まさに人間関係に関する言葉が65%を占めていて、残りの35%が名詞でした。その一方で、問い合わせをしないで犬型ロボットを一所懸命に見つめていた子どもの発話語彙の実に95%がモノの名前でした。このように、人間関係に敏感な物語型、モノの因果関係に注意が惹かれる図鑑型に分かれているんです。

 こうした違いが個性の核となって、幼稚園や保育園に入った時の遊び方に大きな違いが出てきます。図鑑型の子どもは積み木で遊ぶと几帳面に積んで建物を作り上げます。でも物語型の子どもは多少崩れても気にしないで「忍者屋敷ができた」とか言いながらごっこ遊びを始めます。

 また、雨が降った翌日に木と木の間に張られているクモの巣を見ていると、物語型の子どもは私がいるのにパッと気が付いて「先生、見て。あそこで天使が踊っているの」と水滴を指差しながら話しかけてきますが、図鑑型の子どもは私がいようがいまいが無頓着でクモの巣をじっと観察しています。

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